2014年6月初旬、完成間近の物件打ち合わせに同行して、
オーナーである萩原さんからお話を伺いました。
まさか、こんなにバイク好きだとは。。。。

----お幾つくらいの頃からバイクに?

一番バイクブームの時ですね。

僕は、中学生のときに、オートバイに轢かれたんですね、自転車に乗ってて。

----えっ轢かれたんですか?

見通しの悪い左カーブを、僕が右側を自転車で走ってたんですよ。
だから僕が悪いんです。

ここ、(と傷跡を)ぺろっと骨が見えちゃって
で「痛いよ痛いよ」となったときに、なんというんですかねぇ。
人って鞭でたたかれると、その思いが忘れられないみたいな。
それと同じかなのかな。。。
そのあとくらいからオートバイが忘れられなくなって

「いつかは 125ccに乗ってやろう」って、目標がすごく低かったんですね

----その後、すぐに免許を取って?

高校は、この辺では私立で厳しい、バイクが見つかったら即退学のN高校に入ったんですが、もう中学1年の時から「バイク絶対のるぞっ」って言ってましたし、
親にも「オレは校則違反してもバイクは乗るんだっ」って言ってましたからね。
で、、まぁ、この、陰に隠れて、勉強と、こう、ね。

----ははは

で、大学も。
地元には走るところ無いんですよ。
峠はないし、ライダーも暴走族ぐらいしかいない。
「そんなんじゃない」と「モトクロスとかそういうのやりたい」と思ってね。
で、バイク雑誌見てると、みんな埼玉とか、神奈川なんですよね。
だから「あっちに行くんだ。あっちに行ければ何でもいい」と思ってね。

推薦入試で入れる埼玉・神奈川の学校ということで探したときに、J大学っていう大学を見つけたんです。

で大学入ったら、
今でもサーキットで活躍しているような先輩や同期、えー何人かいるんですけど、そういう人たちと出会って、峠行って、だんだん染まっていくわけですよ。
バリバリ伝説※1 をリアルにやってるような。

もうほんとにあんな人達ばっかりで、まさにあの時代でしたからね

----CB750FBとかFC※2 とかですよね

あぁそうですね。
あと刀※3 とかですねー。

僕は、程なくしてサーキットを走るようになるんですけど
当時、公道用はZ750FXⅢ※4 に乗ってました。
すごい安かったんですよ

----え!?今持ってたら結構高いのでは?

えぇ。今持ってたらすごい高いですよね
当時人気なくてですね
売るときなんか5万円くらい。。。
5万しなかったんじゃないかな

----人気なかったんですよね

買った時だって、ZⅡ※5 とかが50万とかなのに、ぼくの(Z750FXⅢ)なんか、ずっと新しいのに25万とかでした。

----なんででしょうね?

いや、あれねぇ、650ccベースだったんですよ。 Z650ザッパーがベースだったんで安かったんですよね 小っちゃいじゃないですか車体、だから。
でも小っちゃいほうが速いのにね
いいバイクでね。
それで筑波も走ったし、富士とかもでたりしました

----まさか、こんなに筋金入りのバイク好きだったとは

鈴鹿の4耐とかも出ましたよ

えーっ?

バイクガレージ 練馬 オーナーへのインタビュー

あの時は何組だろう
えー予選が10組近く、、、で一回に50から60台、、、だから、、
520~30台ぐらいですかね

で、上位60台とかが予選通過なんです※6

でも予選落ちちゃったんですよ、ギリギリ
あの、いいんですか、こんな話して

----もちろんです

こっちから、鈴鹿行くのは大変じゃないですか?
スポーツ走行も今みたいにメール予約とか、インターネット予約とかは無いわ けですよね
そうすると、予約ってのは電話なんですよね

で、電話で平日も土日も関係なく、レース日の1か月だか2か月前の何時に予約開始だって決まってるんですよ

そうするとその前から電話機の前で、時計見ながら待機して、時間がきたら「よし今だっ」

<<と、ダイヤルを回すしぐさを>>

----あぁっ!回す時代(笑)

なんせバイクブームですから、その時にはもう駄目なんですよ
フライング気味でダイヤルまわしても、話し中で。
「あぁちぇっ」とか言いながらね。

で、やっとつながると「もう受付終了です」

それで今度は、プッシュホンのある友達の家に行って

<<プッシュする>>

それでもなかなかとれなくてね。

で、だんだん知恵をつけてくるから
今度はビジネスホンがあるところに行ったんですよ。

当時、鈴鹿の耐久に 出た頃は、AMDフジイっていう、川口のBMWショップのおやじさんが僕らをサポートしてくれてて、そこにはビジネスホンがあったんです。
ビジネスホンにはリダイヤルっていう機能があって、時間がきたら「再送」してね。
「おぉ便利だっ」なんて言ってました

----ここ(ダイヤル)から進化して

そうそうすごい進化
でもね、一番いいのは(鈴鹿の)近所から、ビジネスホンでかけるのが一番いいです。
いろんな交換局を通っていくあいだに、どんどんタイムロスがあるんでしょうね

それで頑張って、やっととれた1本とか2本を走るために行くわけですよ、鈴鹿に。
でも、たどり着くと雨だったりとかね

----あー、つらいですねぇ
確か4耐は8耐の前日に開催されるんでしたよね

えぇ

でも、4耐はそれなりに話題のチームもたくさん出ていて、バイク雑誌の企画チームやらショップのセミワークスやら、芸能人チーム※7 なんかがいたりして。
身近だから人気がありましたよ。

モトチャンプで4耐特集号も組まれていたぐらい(笑)

----ちなみに結果は。。。?

惜しかったんですよ。私が出場してたF3っていうクラスは34台までが本番の決勝に出られるんだけど、私35位だったんです。

----凄いっ!おしかったですねぇ

惜しかった。
惜しかったんですよね。
でもね、そのなかで敗者復活戦があったんですよ。

敗者復活戦で、僕らがトップ(ポールポジション※8 )だったんですよ
で、たしか、、敗者復活の上位3台が決勝に出られるんじゃかなったかな

敗者復活戦は2時間耐久をやるんですよ。

F3クラスとSS400クラスあわせて60組が出場できる。
まぁ相手は五百数十台の中の60から120番目の奴らじゃないですか
「こいつら楽勝だな」と思ったら、そうでもない
みんな速いんですよね

----意外と楽勝じゃない?

全然 楽勝じゃなかった。

一緒に組んでたのが、今、フリーウェイの先輩だったんですけど

53歳になった今でもとっても速くて、モテギなんかのチャンピオンになったりしているんですね。

----すごい体力ですね

その人がエースで、僕はセカンドだったんです。
予選タイムは僕のほうが良かったんですが、本来だったら、その先輩のほうが一秒以上速い。

僕は転ばないけど、ずっと同じタイムで走れますってライダーなんですね。
一発の速さはないけど、ずっと走っていられる。

だから、僕が、そこらへんのトップクラスのタイムで走って
先輩がさらにプラス、、、1位とか2位で走れれば、絶対勝てるなっていう計算は立ってたんです。途中まではね・・・

そしたらね、バイク壊れちゃったんですよ。
しかも下らない、、チェンジリンク※10 が、、、
すみませんね、こんな昔の話してあれなんですが

えーS字、ダンロップ※9 の上がっていくところでシフトアップして、逆チェンジ※11 だから踏むんですけど、 踏んだ時に路面と接触しちゃってそのショックでリンクが折れちゃったんですよ「ぽきっ」て。

サスセッティングが柔らかかったんですかねぇ

そんなになったらもう駄目じゃないですか
だから「あぁ駄目だなー」って、
そこで4耐はジエンドでした

----悔やまれますねぇ

チャンスが無いわけじゃなかったですから悔やまれますね、あれはね。

で、そのあと。
すぐ後に筑波のバトラックス3時間耐久っていうのをやってて。
向こう(鈴鹿4耐)は練習行けなかったけど、筑波だったらね。
こっちのホームグラウンドですから。
もうアホみたいに、ネズミのようにぐるぐる回ってましたから

----がっちり練習をして(笑)

NP-Ⅱの自分のガンマで後輩と組んで出ました。
筑波選手権でも、それなりのタイムは出てたんで、「ようし」みたいな意気込みで出て。

その時も何百台も走ったんですけど、僕らのチームは、予選何位だったかな、、、3位か4位かぐらいで。。

そうそう1位がハニービー※12 で2位がミラージュ関東で、たぶん3位と4位がえー、うちのチームだったんですね、予選で。

で、「お。こりゃいいねぇ。頑張ろっかぁ」なんて言ってたら

やっぱりスタートしてちょっとしたら、リンクロッドが 折れて・・・。

自作したロッドだったから誰にも文句は言えないけど、何もレースの時に折れなくてもいいだろーに

----それは残念ですね

ええ。
そんなこんなで、不遇なレース人生を歩んでいます(笑)

----普通の人では体験できないようなことをしていらっしゃいますね

まぁねぇ

大学や峠やサーキットでおもしろい先輩や仲間に巡り合えましたからね

バイクガレージ 練馬 オーナーへのインタビュー

----今回のこの物件、オーナーがバイクガレージを提案されたそうですが

だって、東京の人ってオートバイ、、、置くところないじゃないですか?

止めるだけじゃなくて、こう、なんていうんですか
眺めてお茶飲むじゃないですけど、「ふふふ」みたいな

----笑

ね?わかるでしょ?
「いやぁサス、オーリンズに変えちゃって。やっぱいいなぁ」みたいな
ずっと見ていられるよねぇ

----わかります

バイクいじりにしても、一日じゃ終わらなかったりするでしょ。

ガレージだったら、作業の途中だって「途中だけど、明日仕事だから」って、バーンと閉めて帰れるじゃないですか。
そういうのが環境としてないなぁと思って。

まあ、僕らが学生の時は外灯の明かりの下で蛾とカブトムシと戦いながら、GS400にヨシムラのカムを組んだりしてましたがねぇ

遠くまで行けば、そ こそこあるんでしょうけど、なかなか、都内の、ああいう便利なところにはないかなぁと思いましてね

だから、スペースを 提供できればと思ってね。
たまたまできる立場にあったので、じゃあぜひということで、わがままを言わせてもらいました

----とても広いガレージですよね

あぁこの広さ?
そうですよね

だってこのくらいないと工具もタイヤも置けないじゃないですか?
「工具とか置かなくていいよ」っていう人は、バイク2台置いたっていいし、シェアしてもいいだろうし

都内で今でもレースやってるやつらとかに聞くと、2万円ぐらいのレンタルスペースを借りてるんですよね。
そうじゃないとレーサー置けないじゃないですか

じゃぁそういうコンテナボックスみたいなところが近くにあるかっていうと、遠いでしょう?

だから
広さ的には郊外のコンテナの方が広いかもしれないけど、時間ない人には、いいんじゃないかなと思って

----いや調べると、コンテナより大きいですよ

あ、そうですか

----電源もついてますし

電源ついてないとねぇ 整備できないですからね(笑)

バイクガレージ 練馬 オーナーへのインタビュー

バイクガレージ練馬のオーナー萩原氏へのインタビューは、仕事を忘れるほど楽しい時間でした。
そのお話からは、バイクへの愛、バイク好きなライダーを応援しようという想いが、ひしひしと感じられ、 必然、萩原さんが運営するガレージは、バイク野郎の天国になること間違いなしとの、確信を得ました。

完成まであと僅か、どんなガレージになるのか楽しみです。
2014年7月

注釈

※1 バリバリ伝説
『週刊少年マガジン』(講談社)にて、連載された、しげの秀一氏による漫画作品。
高校生ライダー「巨摩郡(こま ぐん)」がレースの世界に入り、アマチュアから世界チャンピオンになるまでのサクセスストーリー。 1980年代のバイクブームの折、そのリアルな描写によってバイクファンから熱狂的な支持を受けた。通称「バリ伝」。(wikipwdiaより抜粋)
※2 CB750FB/FC
本田技研工業が1970年代後期に発売した750ccフォーストロークエンジンのオートバイ
FZ→FA→FB→FCと、モデルチェンジをしていった。
鈴鹿8時間耐久ロードレース記念車両なども発売された。
※3
1981年に発売されたスズキのオートバイ。GSX1100S KATANA。
工業デザイナー「ハンス・ムート氏」がデザインし、そのあまりに先鋭的なデザインが注目を集めた。
※4 Z750FXⅢ
川崎重工業が1981年に発売した750cc空冷フォーストロークエンジンのオートバイ
※5 ZⅡ
通称ゼッツー 「750RS」 川崎重工業が1973年に発売した750cc空冷フォーストロークエンジンのオートバイ。カワサキのオートバイを象徴する車種の一つ
※6 85年4耐出走台数
正確にはF3クラス予選6組308台/SS400クラス予選4組226台の合計534台。このうち決勝に進出できる台数は60台で、エントリーの比率により両クラスの決勝進出台数が決められる。萩原氏が挑戦した85年のレースではエントリー比率58:42で、F3クラスでは34台が決勝進出となった。
※7 芸能人チーム
代表的なところでは「国武舞レーシング」(当時)の清水国明氏。当時34歳。鶴田竜二氏(今のトリックスター社長)と組んで出場していた。
※8 ポールポジション
ポールポジション(Pole position 、PP)とは、モータースポーツにおいて、決勝レースのスタート位置の先頭を指す。 一般的には予選で最速のラップタイムを記録したドライバーが、この位置を得る権利を持つ。ポールポジションを獲得したドライバーは「ポールシッター」と呼ばれる。 (wikipwdiaより抜粋)
※9 ダンロップ
鈴鹿サーキットのコーナー(カーブ)
大きな横Gがかかる左の高速ロングコーナー。コース中最もきつい7.8%の上り勾配となっている。
名称は、かつてコース上にダンロップのタイヤの形をした看板(ダンロップブリッジ)が架かっていた名残り。(wikipwdiaより抜粋)
※10 チェンジリンク
バイクのギアを変えるシフターの部品
実際に足で踏み込むシフトペダルとギアをつなぐロッド(棒)のこと
※11 逆チェンジ
逆シフトとも言う。バイクのギアを変えるシフターの方式
通常は「正シフト」6速の場合1ダウン5アップ(ニュートラルから1速へは1回踏みおろし、1速からトップギアへの移動は下からかき上げる)
「逆シフト」は1アップ5ダウン(ニュートラルから1速へは下からかき上げ、1速からトップギアへの移動は踏みおろす)
シフトアップ時のタイムロスが少ないため、レース仕様の車体は逆チェンジにする場合が多い
※12 ハニービー
レースチームHONEYBEE、オートショップスガハラのレースチーム。ホンダ系プライベートレーシングチーム。「ミラージュ関東」と同様に、当時人気だったレースチーム